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宝厳寺唐門 |
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年代 |
慶長8年(1603) |
唐門正面 |
指定年月日 |
昭和28年(1953)3月31日 |
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唐門とは唐破風をもつ門を意味します。 豪華絢爛な桃山様式の唐門の代表的遺構で、もとは京都東山の豊国廟の正門に使用されていた極楽門が移築されたものといわれています。 この移築工事は慶長8年(1603)、豊臣秀頼により、片桐且元を普請奉行としておこなわれました。 |
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都久夫須麻神社本殿 |
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年代 |
慶長7年(1602) |
都久夫須麻神社本殿 |
指定年月日 |
昭和28年(1953)3月31日 |
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本殿は創建以来、数度の火災で焼失し、永禄10年(1567)に再建されました。その後、慶長7年(1602)に豊臣秀頼が、片桐且元を普請奉行として伏見城の殿舎を移築したものが現在の本殿です。 片桐且元は近江国浅井郡須賀谷(現長浜市須賀谷町)の出身の武将で、羽柴(豊臣)秀吉の家臣として賤ヶ岳合戦で活躍し「賤ヶ岳七本槍」の一人に数えられました。 内装は豪華絢爛で、内部の壁貼付、襖・折上格天井の鏡板には、金地著色の花木・草花が極彩色で華麗に描かれています。 また、内部の柱・床・長押などには、黒漆地に花鳥の文様による蒔絵が、外部と内部との欄間、桟唐戸にも造形装飾されており、桃山時代を代表する建造物です。 中でも襖絵・天井画は、桃山時代後期の日本画壇の中心的存在であった狩野光信(1564〜1608)の作品と伝えられており、四季の草花・花卉が金地の濃淡で描かれ、華やかな空間を演出しています。 |
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宝厳寺観音堂 |
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年代 |
慶長8年(1603) |
観音堂内部 |
指定年月日 |
昭和28年(1953)3月31日 |
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宝厳寺観音堂は、唐門から続く御堂で、西国33所観音霊場の30番札所です。 唐門とともに豊国廟から移築されたといわれ、今はくすんだ折上格天井には、一枚一枚、桐と菊、牡丹が描かれており、建築当初の豪華さを感じさせます。 本尊の千手観音立像は、秘仏として厨子内に安置されています。正面に合掌手と宝鉢手、左右に脇手各19手を配列する、いわゆる11面42臂の等身の千手観音立像です。 全身に漆箔が施してあり、彫技は堅実で、保守的な作風を示しています。造像は鎌倉時代にさかのぼるものと考えられています。 |
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舟廊下 |
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年代 |
慶長8年(1603) |
舟廊下 |
指定年月日 |
昭和28年(1953)3月31日 |
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観音堂の東に長く連なる幅一間の建築で、渡り切れば都久夫須麻神社本殿の横に出ます。 豊臣秀吉が朝鮮出兵の折に使った御座船「日本丸」の船底骨組みを天井に使用しています。 両側は竪連子窓、天井は疎垂木木舞裏で細部に桃山様式が読み取れます。 |
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絹本著色釈迦三尊像 |
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年代 |
鎌倉時代 |
![]() 釈迦三尊 |
指定年月日 |
明治33年(1900)4月7日 |
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法華経を護持する三尊像として描かれたもので、天台の教えを長く伝えた宝厳寺の伝来にふさわしいものです。 法華経を説く釈迦を護持するように左に文殊菩薩、右に普賢菩薩を配されています。山村の衣文の描写などに中国宋朝の影響が見られ、清雅な作風です。 |
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毛抜型太刀 |
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年代 |
平安時代 |
毛抜型太刀 |
指定年月日 |
明治45年(1912)4月8日 |
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柄と刀身を共造りとして、柄の中央に大きく毛抜の形を透すところから、その名前がつけられています。 柄頭は兜金の形を透し、刀身は鎬造りで、反りは少なく、柄元で強く曲がっています。 平安時代の作で、金梨子地桐紋蒔絵の鞘は桃山期のものです。 |
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銅水瓶 |
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年代 |
鎌倉時代 |
![]() 銅水瓶 |
指定年月日 |
昭和52年(1977)6月11日 |
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鋳銅製で挽物仕上げ、口は漏斗形です。頸は細長く、銅は大きくふくらみ、水注をつけています。 高台の根付の少し上に、弘安11年(1288)の刻銘があり、敏満寺に伝わったことがわかります。中世水瓶の簡素な作例となっています。 |
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空海請来目録 |
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年代 |
平安時代 |
空海請来目録 |
指定年月日 |
明治33年(1900)4月7日 |
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請来とは、教えを求めて外国に留学した僧が、経典や仏具を持ち帰ることをいい、その詳細をまとめたものが請来目録です。 中国からの請来目録では、空海と最澄(さいちょう)がとくに有名です。当時のそれは弘法大師の真筆といわれ大光寺宗光の観応元年(1350)の寄進状があります。 |
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銅印 |
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年代 |
鎌倉時代 |
![]() 銅印 |
指定年月日 |
明治33年(1900)4月7日 |
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鋳銅製の印です。方形の印画に朱文で、「駿河」「倉印」の2行を篆書で表しています。 奈良時代の駿河国の正倉の印で、いわゆる大和古印の一例として貴重なものとなっています。 |
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木造不動明王坐像 |
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年代 |
平安時代 |
木造不動明王坐像 |
指定年月日 |
平成2年(1990)3月31日 |
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正面を向き、上の牙歯で下唇をかむ忿怒の様相を示す不動尊。像の主要部は、頭体を通して桧の一材から彫成し、内刳りは施されていません。両膝部は横木一材で、体部に組み込まれています。 頭部も体部も厚く、どっしりとした姿、太い眉を寄せて両眼を大きく見開いた形などはいかにも古風で、一木作りの古式な構造とあわせてみると、造像は平安時代でも10世紀に遡るものと考えられ、竹生島における現存最古の彫像として注目されています。 |
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絹本著色弁才天像 |
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年代 |
南北朝時代 |
![]() 絹本著色弁才天像 |
指定年月日 |
昭和49年(1974)3月11日 |
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弁才天は古代インドで河を神格化した神で大地に豊鐃をもたらす農業神です。 八臂像で岩上の蓮華座に坐しています。弁才天の台下に稲積み上に白蛇を配し、十五童子も描かれています。背景の自然描写が大変豊かです。 |
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木造弁財天坐像 |
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年代 |
室町時代 |
指定年月日 |
平成13年(2001)3月18日 |
石灯籠 |
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年代 |
南北朝時代 |
指定年月日 |
昭和48年(1974)7月18日 |
鰐口 |
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年代 |
室町時代 |
指定年月日 |
昭和62年(1987)3月26日 |
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指定区分 |
名称 |
所有者 |
寄託等 |
|---|---|---|---|
国宝 |
法華経序品 |
宝厳寺 |
奈良国立博物館 |
重要文化財 |
絹本著色十六羅漢図 |
宝厳寺 |
奈良国立博物館 |
重要文化財 |
絹本著色如意輪観音像 |
宝厳寺 |
奈良国立博物館 |
重要文化財 |
絹本著色弥陀来迎図 |
宝厳寺 |
奈良国立博物館 |
重要文化財 |
絵本著色北斗七星像 |
宝厳寺 |
奈良国立博物館 |
重要文化財 |
刺繍普賢十羅刹如図額 |
宝厳寺 |
東京国立博物館 |
重要文化財 |
刺繍弥陀三尊来迎図額 |
宝厳寺 |
東京国立博物館 |
重要文化財 |
紙本墨書法華経分別功徳品 |
宝厳寺 |
東京国立博物館 |
県指定 |
竹生島宝厳寺文書 |
宝厳寺 |
長浜城歴史博物館 |
県指定 |
大般若波羅光多経 |
宝厳寺 |
長浜城歴史博物館 |