安藤家
安藤家の祖は藤原姓を名乗り、室町時代に長浜に住み始めたと伝わっています。当地での3代目祐正は、賤ヶ岳合戦(1583年、織田信長亡き後の羽柴秀吉と柴田勝家の戦い)で秀吉方の電撃作戦に協力しました。
長浜城主の秀吉は町衆の中から「十人衆」を選び長浜の自治を委ねましたが、安藤家は代々九郎右衛門を名乗り、十人衆から選ばれる三年寄の一家として江戸期を通じて活躍しました。明治時代以降の安藤家は、近江商人との姻戚関係から自らも商人として東北地方を商圏に長浜の産物の交流につとめています。14代目にあたる前当主安藤権一氏(鎌倉市在住)も近年まで百貨店経営に携わっていました。
明治38年(1905年)に建てられたこの住居は、紅殻格子(べんがらごうし)、虫籠窓(むしこまど)などが施された長浜を代表する近代和風建築です。北大路魯山人により彩られた離れの"小蘭亭"や、"古翠園"と名付けられた庭園とともに長浜の貴重な歴史遺産となっています。
土蔵 明治37年10月上棟
本屋(2階建て部分) 明治45年5月上棟
書院(平屋建て部分) 大正元年9月上棟
全館として大正3年秋に完成 |
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